S-75、74号 泊村 照岸 |
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2004年10月 手前75、奥が76 |
75、74は同じ所有者だが、昭和3年の段階で、借金の抵当として北海道拓殖銀行の手に渡っていた。
上記の写真の角度を変えたものが左写真。
75と74の間には、建物が建っていた?石組みの遺構が残る。
国道、旧国道から74、75を俯瞰すると、建物の基礎となる遺構も浜に点在し、かなり大きな網元であったことは想像できる。
後に、港湾施設にならなかったこともあり、跡は朽ちて行くままだがこれだけの大型の遺構が、一切手を加えられていないのはここだけではないだろうか?
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2004年10月
75と74の間の石組みの遺構、袋澗ではなさそう。
この石組みの右側右写真の石が並ぶ |
2004年10月
74手前にある石組み
建物の基礎としては海岸に近いような… |
2011年6月
写真に写っていないところに74の袋澗(右写真)、
写真に写っていない浜の手前にも建物の石組みが残る。
中央の水が75の袋澗、
左側の直線に見えるところが右上の石の列 |
2011年6月
74
袋澗まで岩を開削している。
75から74までつながっていたであろう一連の鰊施設
かなり大きな施設であったことが窺える |