長年の雪の重みで全壊しそうな尺別炭山駅跡


 北海道釧路支庁管内の最西端、人口約3,300人の音別町。今回の忘れられた町は、前出した浦幌炭鉱の山向こうの尺別炭鉱である。
 尺別炭鉱は、大正7年に開鉱し海岸部への輸送は馬の背による運炭方法であった。同9年に北日本鉱業が運炭軌道を作り、このとき根室本線に尺別駅(信号所)が営業し始めた。昭和3年、三菱が買収して三菱雄別砿業所の支坑となる。昭和19年には戦争のため政府非常増産緊急措置がとられ休坑(坑員は九州の三菱系炭鉱へ動員された)し、終戦後昭和21年に再開、同25年浦幌炭鉱を吸収し(忘れられた町4 浦幌炭鉱参照)操業を続けるが、エネルギー革命の影響を受けて次々と閉山する炭鉱の一つとして昭和44年2月27日閉山する(親会社の雄別炭鉱も翌日閉山)。

従業員(人)

生産量(t)

S18

1054

383,800

24

1348

192,500

44

854

337,376


 8月中旬の昼下がり、音別町の尺別駅に到着。全長約11キロの雄別炭鉱尺別鉄道がここから接続していた。尺別鉄道は閉山に伴って昭和45年4月16日に廃止された。
 国道からはやや離れた場所にある駅は、駅前には廃墟が点在し空地が目立つ。
 駅構内には、炭鉱鉄道があったであろうスペースが広がっており、また駅のホームは立派で過去の繁栄を物語っている。閉山と共にこの駅も寂れて利用者が激減し、昭和46年10月2日で無人駅となり、写真を撮った跨線橋がこのときできた。
 駅では、浦幌炭鉱に子供の頃住んでいて昔を偲んでバイクで訪問していた音更町在住の人と出会う(浦幌鉱は昭和29年に廃坑になったので年齢は60代?でバイク旅)。

話をしていると、小学生のときに浦幌鉱からは尺別鉱まで尺浦通洞(忘れられた町4 浦幌炭鉱参照)を通り、汽車に乗って尺別駅に出たとのことで、このとき生まれて初めて海を見て感動した話をしてくれた。
 駅を後にし、ここから尺別炭鉱までは、道道361号尺別尺別停車場線を走っていく。途中牧草地が広がり、道路と平行して線路跡が続いていく。



偶然、普通列車の交換が見られた。
左側の空地が尺別鉄道の跡。


跨線橋から駅前を眺望する。すぐ海が広がる。

 約7キロくらい走ると、コンクリートの立派な跨道橋跡が現れる。ここから100mくらい行ったところにかつて新尺別駅があり、ここに大集落があった。

街があった遺構として道道の歩道、 GS跡と謎のコンクリートの柱、郵便局?と思われる入口がややしっかりとした廃墟と復興記念碑がある。

ここに現在住居は存在していない。

ここからの河岸段丘の上の牧草地の中に廃アパートが2棟佇んでいる。

1つは白く、もう1つはコンクリートを一層塗った壁が剥がれて中のブロックが剥き出しもので、何故この建物だけ残っているのかが不思議である。というのも現在の牧草地からではその痕跡が全く判らないが、本で古い地図を見ると他にも何軒も炭鉱住宅が並んでいたからである。

ここまで伸びる道も、住宅があったとは思えないほどの車の底を擦りながらの到達であった。

さらにここから山奥に入っていく。

今回の最終目的はTOP写真の尺別炭山駅跡を見ることである。



跨道橋跡は道幅も広く歩道も立派。



跨道橋の300m手前、尺別駅方面を望む。左手に住宅が広がっていた。



GS跡と謎のコンクリート柱(奥)。
※1



郵便局と思われる廃墟と復興記念碑。※1



ここに炭鉱住宅が沢山並んでいた。
とても想像できない。



2棟の廃アパート炭鉱住宅。
奥は浦幌にあるものと似ている。


※1 謎のコンクリート柱は、映画館跡もしくは車庫跡、
    郵便局と思われる廃墟は、予想通り郵便局だということです。
2004年2月と8月、掲示板に情報を寄せていただきました。ありがとうございます。


 大集落のあった新尺別地区を後にして、さらに山奥に進んでいく。整備された道道には何本か橋が架かり、横には鉄道の橋脚が残っている。最後の橋を渡ると道は突然無くなる。
 行き止まりではないが、「えっ?、こんな道入っていかなきゃいけないの?」っていうような轍が酷く、雑草の生茂った道になってしまう。ここを入っていかなければ、TOP写真の場所には到達できないが、ここで車を止めて歩いていくにはここからどのくらいの距離があるのかも判らないし、獣がでそうだし、いけるところまで行ってみようと車を進入させる。

今だかつて走ったことのない悪路で、車のお腹すり、木々の枝がフロントガラスに当たり、かなり後悔しながら、200〜300mくらい進んだろうか(この距離でもとても長く感じた)?、煉瓦の柱らしきものが見えた。ここから先はさらに道が険しく、これ以上車で進むのは厳しいと判断し、車を自分でもよくこんなところで方向転換できたなと感心するような場所で折り返す。こんな場所でスタックでもしたら、何時発見されるか判らないであろう。

この悪路の先を進むと、駅側に行けるらしくホッパーや尺浦通洞の入口などがあるが、1人では生命の危険を感じる。駅跡は見れなかったか?。諦めて戻ろうと20mくらい引き返して、ふと右を見ると川向こうに朽ち果てた駅舎跡が草木の中に眠っていた。もうそれで満足だった。




線路跡を示す橋脚跡



悪路。引き返しているとき撮影。



悪路を引き返した点にある煉瓦の柱


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