石北本線忘れられた駅



 前ページ(石北本線忘れられる駅)では石北本線の駅として存在していた天幕、中越、奥白滝の各駅の廃止前の写真を報告したが、平成13年6月30日廃止されたその後平成14年5月の写真をここで紹介する。

 天幕駅



(1)廃止前の天幕駅


(2)廃止後は取壊された



(3)天幕小学校跡


(4)舗装された旧39号


(5) (3)のさらに奥


(6)旧天幕小学校跡
 天幕駅舎は取壊され、代わりに天幕駅跡の案内板が建っていた。案内板には、天幕駅跡 昭和4年11月20日開業 平成13年6月30日廃止 駅名の由来 明治29年8月、 当時の北海道鉄道部長 田辺朔郎氏が全道の鉄道線路踏査のため当地に入った際、天幕三次郎なる人物に世話になった思い出から駅名を「天幕」とした。 北海道旅客鉄道株式会社旭川支社 と記載されている。駅前は、相変わらず産廃(伐採物)置き場で駅舎だけが無くなったがあとは代わり映えはない。
旧39号を峠側に向かって走ると、(3)の小学校跡(前ページ参照)があり、さらに細くなった道を進むと開拓跡が広がり雪に押し潰された廃墟と(3)の小学校の旧校跡が残っていた。ちなみに旧国道は線路とぶつかり行き止まりである。


中越駅



(1)廃止前の中越駅


(2)廃止後駅名版がなくなった


(3)廃止後ホームが撤去された
 中越駅跡は駅舎の入口はふさがれており、裏側に回ると駅に着いていた庇が無くなっており、またホームも取壊されていた。現在、駅は信号場として機能している。こちらには天幕にあったような駅跡の案内板は無かった。


奥白滝駅



(1)廃止前の奥白滝駅


(2)廃止後も渋さを醸し出す


(3)廃止後ホームが撤去された
 奥白滝駅跡も駅舎の入口はふさがれており、ホームも撤去されていた。

 3つの駅跡は、廃止以前から無人地区(天幕は人が住んでいる)であり、廃止後約1年の間に劇的に土地の変化があるわけでもなく、またこれからも変化はおそらく無いであろう。特に奥白滝駅周辺は、時代の流れから取り残されたような雰囲気がなんともいえない。
 駅廃止後並行して走る国道39号線は中越の先から白滝市街を抜けた場所まで旭川紋別自動車道(無料)が開通し、北見峠、白滝の中心地は寂れた感が拭えない。たまには便利な自動車道ではなく北見峠を抜ける道を走ってもらえたら幸いである(道は険しいですけど)。

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with白滝シリーズへ続く。

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