地図と鉱石の 山の手博物館

札幌市西区、発寒川のほとりに山の手博物館がある。

2006年10月、雨の激しい土曜の開館10分後くらいに地下鉄とバスを乗り継いで訪問。そんな天候で、どう見てもマイカーで来たわけじゃないスーツ姿なのに濡れた姿での訪問に「おっ?」という感じで受け付けの方が出迎えてくれました。館内の写真を撮影してウェブに公開してよいか聞くと、自由にいいですとの答え。しかもぜひ公開してくださいとのことでしたので、訪問から7年も過ぎましたが、公開することにします(もっと何かあった気がしますが)。


館内に入ると、名前の通り、カラフルな鉱石が所狭しと並んでいた。訪問時は、道内の千歳鉱山や豊羽鉱山、北隆鉱山などの鉱物がテーブルに並んでおり、拡大鏡も用意してあり自由に見ることができた。
写真に写っている本棚は鉱石にまつわる書籍や、子供向けの研究図書の蔵書があり自由に見ることができる。
北海道の鉱石のコーナーでは、聞いたこともない鉱山産の石に興味がわくのであった。

受付の前あたりの鉱石は、販売もしていたので、興味のある方は是非。


発寒川沿いにある博物館


無造作?においてある道内鉱山の鉱物


道内産出の鉱物



伊能図や樺太の鉱物地図?



下川鉱山の含銅硫化鉄鉱石



地図の販売も行うて目的スペース

2階から地下に博物館は続いており、地下は、地図の販売する一角と多目的スペースとなっている。行ったときは、北海道の3D写真が展示してあった。そして壁には、北海道の古い地図がたくさん張られていた。

話はそれるが、この建物は、私の記憶が正しければ、現在の建物主がそうではないのであやふやなことを書くべきじゃないのかもしれませんが、この施設が入る前は、拓銀の破たんだかほかの何かに関係した施設が入っていたような…。





弥永北海道博物館

地下鉄北18条駅近くの住宅の並んだ路地のマンションが立ち並ぶ中に、弥永北海道博物館はある。
鉱物、化石、貨幣、砂金、アイヌ、訪問時の企画展は、北海道の鳥瞰図でその他いろいろな学術的資料が展示してある。

館内のものは、この博物館の館長、弥永芳子さんの集めたものである。一主婦であった弥永さんは、子どもが成長し独立したことをきっかけに、北海道の貨幣の研究、函館で事業を展開していたブラキストンを調べたり、道内での砂金採掘採集について研究しいろいろな資料を集め、約15年の研究を経て、1985年にこの博物館を開業した。


弥永北海道博物館外観


1階の化石や鉱物展示


1階の鉱物や鉱山の展示


2階の鳥瞰図の企画展


3階の砂金砂白金の展示


3階の金属探知機

館内は、ちょっとした行政の資料館よりもしっかりと作りこまれている展示、陳列に圧倒される。

1階は鉱石や化石を中心とした展示。時間が許されれば、いろいろな鉱物をじっくり見たかったのだが、量が多すぎてみることが出来なかったのが残念。
2階は、アイヌ関係の資料、アイヌ衣や生活道具が並んでいた。そして企画展の吉田初三郎を中心とした道内の鳥瞰図の展示。貨幣の展示もあった。訪問後、もう少しよく見ておけばと後悔するくらいいろんなものがあった。じっくりみるには時間が足りない。
3階は、砂金砂白金関係資料。これらの展示では、世界中のそれらを収蔵しており、これは世界一だそうだ。北海道では、オホーツクで多く採取されたので、それらの資料が貴重である。
その他、北海道に現存している工芸品の展示で、訪問時殆どここは見ず終わってしまったが、北海道の文化を知るうえでは良く見ておくべきであった。

書いてあるように、訪問しても見きれないものが多く、何度となく訪問してみたい人を引き付ける博物館である。



世界最大の砂金塊


3階は工芸品の展示
2012年5月訪問
残念ながら訪問時は館長不在であったが、もしいらっしゃったらいろいろなこと聞いてみたかった。



どうも2013年に閉館した様子。御高齢の館長、個人博物館の限界なのかもしれない。
これらの貴重なコレクションが公開されないのは残念である。





上川町かみんぐホール  (原田雅彦 選手 感動の軌跡)
 

かみんぐホール
  

原田雅彦 選手グッズの展示
  

オリンピック関連グッズ
 
 北海道のほぼ中心部に広がる大雪山国立公園の北方部に位置する上川町。ここには「かみんぐホール」という施設がある。これは、文化活動を推進し、都市と山村との交流の拡大を図り、もつて定住の促進と地場産業の振興に寄与することを目的として造られた。
多目的ホール、研修室、調理実習室、図書館などが中に入っている。

その一角には、原田雅彦 選手 感動の軌跡 という常設展示があるのは残念ながらほとんど知られていないようで、googleで検索してもあまりヒットしない(かみんぐホール自体も)。
原田雅彦さんは、ここ上川町出身で日本を代表するスキージャンプ選手。アルベールビル、リレハンメル、長野、ソルトレイクシティ、トリノと5回の冬季オリンピック出場しており、それらのオリンピックで使用したユニフォームやゼッケン、写真や、その他の大会での記念品、町内パレードをした際の写真等が展示してある。
原田雅彦さんの展示に交じり、上川町の歴史の展示、特産品の展示もあったりして、見逃せない内容となっているのだ。あ、もともとそちらの展示スペースに原田雅彦さんのグッズが置かれたといったほうが正しいのかも…。

2008年10月訪問




川湯相撲記念館

透明度において世界有数の摩周湖、その山麓に広がる弟子屈町。その屈斜路湖畔には川湯温泉がある。

川湯温泉は48代横綱の大鵬幸喜が少年時代を過ごした場所(生まれは樺太でその後道内を転々とした)であることからこの記念館はこの地にある。(訪問前にネットで調べるまで何故ここに相撲記念館があるのだろうと思っていた。

外観は国技館を模した形で、館内に入ると大鵬の生い立ち年表、相撲部屋に入門して横綱になって引退するまでの写真、所縁の物、優勝した際の記念品、化粧まわし、などなど大鵬にまつわるもののほか、相撲自体にも関する者の展示がある。また名勝負などの映像を見ることもできる。

2005年5月訪問

 


子ども時のサイズ、比べるとと楽しい



記念館には幟と、大鵬のブロンズ像



蔵前に飾られていた写真




横綱北の湖記念館・壮瞥町郷土資料館

洞爺湖の東側、有珠山・昭和新山のある北海道遺産でもある昭和新山国際雪合戦開催される町。史上最年少で優勝もした第55代横綱北の湖の生誕の地である。

街の中心部からやや離れた場所に、国技館を模したような、この建物がある。
館内に入ると、北の湖の写真を交えたあゆみ年譜表があり、そして、雲龍型の土俵入りの北の湖の等身大人形が鎮座している。賜杯、マワシなどの記念品、優勝額など、個人を称賛する展示のほか、相撲七十手絵図、相撲用具、大相撲の歴史等の興味深い展示もある。

また壮瞥町の郷土資料館も兼ねており、郷土の山湖、有珠山や洞爺湖、明治、昭和新山の誕生について、動物の剥製、開拓時代の住居の復元したもの、壮瞥発電所の水車、かつてこの地を走っていた胆振線の資料などが展示してある。

駐車場には、かつての駅名板(復元)が並んでいる。

 2004年10月訪問




 




 




 




横綱 千代の山 千代の富士 記念館

かつては青森県三厩からフェリー航路が開設されており、現在はそのルートを青函トンネルに譲ったような形の津軽海峡の町である福島町。この町は第41代横綱千代の山と第58代横綱千代の富士という2人の大横綱の生誕の地である。

館内に入ると、両横綱の序の口からの生い立ちがパネルで紹介され、また過去の対戦を見れるビデオ装置がある。そして紙相撲なんかもあって相撲に親しめるようになっている。この記念館のメインでもあるメモリアルホールでは両横綱のマワシや賞状やトロフィーなどが展示してあり、千代の富士にいたっては、断髪した髷が展示してある。
九重道場には稽古土俵と鉄砲柱と40インチのスクリーンがあり、福島町の観光案内が流れていた。なお稽古土俵は1時間500円で借りることが出来る。確か女人禁制だったはず。

建物の隣は道の駅で、千代の山と千代の富士と九重部屋のノボリがたっている。

2002年11月訪問
 


逞しい2大横綱のブロンズ像


千代の富士の展示スペース


土俵と40インチスクリーン




400mベンチ

十勝地方の中心地帯広。駅の南には監獄の跡地を利用した緑ヶ丘公園があり、総面積が何と50ヘクタールもあるのである。その公園の一角には、グリーンパークという野球場が4個入るほどの面積8ヘクタール(400m×200m)の芝生が美しい広場がある。この端には長さが400mもある木製のベンチがある。

このベンチは、昭和61年までは世界一の長さを誇っており、1981年、630万円かけて770人の市民の手でつくられた。ベンチの端に座ってみても感動はなかったが、横を向くとベンチが遥か彼方まで続いているのを見ると、やっぱり長いよ。こういうものを造ったこはエライことだと思う。



芝生の端の並木の下にあるベンチ



戻る